展示室の展示替えを行いました。それぞれの展示をお楽しみください。
●第1展示室 「内間銅鐸」(常設展示)
銅鐸は弥生時代に国内でつくられた青銅器で、祭祀に使用されたと考えられています。
内間銅鐸は1926(大正15)年に綾歌郡陶村字内間(綾歌郡綾川町陶内間)で出土しました。
高さは29.7㎝、裾部の長径15.7㎝・短径9.7㎝、重量は1019g。銅鐸としては小型に属す、扁平鈕式四区袈裟襷文です。2025 (令和7)年3月28日、香川県有形文化財に指定されました。
●第2展示室 「久米通賢資料室」(常設展示・ミニ展示)
江戸時代に鉄砲の製作や天文学、測量の分野で活躍し、坂出塩田を築いた久米通賢の足跡をたどりながら、重要文化財の古文書や器具類を中心に紹介しています。
今回は、保管している展示目録から久米通賢関係資料の展示の歴史を振り返り、改めて郷土博物館における久米資料の重要性を考えます。
●第3展示室 「郷土博物館100年の活動史」
鎌田共済会郷土博物館は、1925(大正14)年の開館以来、地域の歴史と文化を守り伝える場として歩み続けてまいりました。そして本年、設立100年という大きな節目を迎えることができました。これを機に、本展では博物館の運営にかかわる資料をもとに、これまでの活動の歩みを振り返ります。
■玄関ロビー展示 『従五位源朝臣朗徹、任丸亀県知事辞令書』
ひとつひとつの文字の輪郭を細い線で書いた、見た目、ちょっと不思議な文書。実は当館が所蔵する複写資料で、原本資料ではありません。
書かれている内容を見ると、1871(明治4)年4月12日付けで、明治政府の右大臣・三条実美が、明治維新後に「丸亀藩知事」になっていた旧丸亀藩主・京極朗徹に対して「丸亀県知事」に任命した辞令書です。上部の左右には朱色の「天皇御璽(明治天皇の印)」も見えます。江戸時代から続く丸亀藩が、明治維新後、新たな政府の時代を迎えて、「藩」から「県」に変化していく過程を物語る郷土の歴史資料として大切なものといえます。 (郷土博通信No.26表紙)